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satoshidate15のブログ

人生は有限。断捨離して本質な事柄に心を配ることができますように。

シンポジウムに行ってみよう!!

今日は新しいことにチャレンジする楽しさを学生や社会人に向けて書いていきたいと思う。

それは普通の感覚では、あまりイメージできないものなのかもしれない。

だけれども、行ってみて、無料で最先端の知識に触れることができた本当に良かったと思ったから。

「教育機関の開催するシンポジウムやイベントに参加することの楽しさ」を書いていきたい。

1.きっかけ

4月15日(土)に東京大学に行ってきた。

東京にいる間に東京大学ってどんなところなのだろうか。一度は行ってみたいと思っていたので、休日行ってみることにした。

それは4月15日(土)のとても晴れ渡った日だった。

もともと大学のキャンパスを歩くのは好きで、穏やかな雰囲気が流れている感覚がすきだったというのもあるのだけど。

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東大赤門
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安田講堂

やっぱり大学のキャンパスは歴史が感じられてとても楽しかった。


偶然にも、その日はたまたま生命科学におけるシンポジウムが開催されていたので、参加してみた。

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シンポジウムに行ったことはなかったのだけど、最先端の知識に触れてみたいという思いからおそるおそる中に入ってみた。

2.ポスターセッション

ポスターセッションと言って、研究者の方々が自身の研究テーマをポスターとして、説明しているセッションがあったのだけれど、自分の興味があるポスターについて、質問して、3,4つのポスターについて1時間半ほど、話が盛り上がったしまった。

はじめは自分は生命科学のことなど大学教員に比べたら、大した知識もないし、相手にされるのだろうかと思っていたが、そんなことはなかった。

自分が従来が勉強していた生化学や生理学の知識がある程度あるのであれば、会話はそれなりに盛り上がるものなのだと思った。

インスリンの抵抗性やコルチゾールといったホルモン分泌の仕組みや再生医療の最先端の研究などを見ることができてとても楽しかった。

もちろん、自分だけで勉強するというのもとても楽しいものなのだけれど、ポスターセッションで最先端の研究を見ることでとても刺激になる。

研究者ってどんなことをしているんだろう、どんな人達なんだろうって考えているのであれば、積極的に話をしてみればよい。自分がある程度知識をもって、自分の考えや仮説を話すことができれば、話は弾むと思う。

3.講演
分子細胞生物学や脳科学についての研究テーマの講演だった。

とても歴史感がある講堂で、厳かな気分に浸りながら、講演を聞くのはとても穏やかで楽しい時間を過ごすことができた。

講演内容についてもっと知りたいと思ったので、質問をしてみた。
普通なら、こんな基本的な質問をしてもよいのかな、周りの参加者から変異思われないかなと思ってしまったりするけれども、自分の知りたいと思うこと、疑問に思ったことをストレートに質問してみた。

すこし不安だったけど、講演者はその質問に対して、真摯に答えてくれたのだ。

その時、思ったのは、自分がしっかり勉強しているのであれば、自信をもって堂々と質問すればよいのだということ。
これは、講演に限らないけど。

4.まとめ

「自分の領域を深堀することチャレンジすることの大切さ」

一般的に、物事を専門的に取り組んだり、新しいことにチャレンジしたりすることに躊躇してしまうことがある。
「まだ、基礎的な部分ができていないのではないか、新しいことにチャレンジする時間や気力もないとか」思ってしまったり。

だけれども、そうであったとしても、一度、自分が一度、目指すべき場所に行ってみればいい。
そうすれば、おそらくこう思う。
「これくらいなら、自分でも追いつけそうだ。」
「このレベルはすこし難しいけど、なんとかゴールは見えそうだ。」

その距離感を具現化するだけで、日々の楽しさが変わってくると思うのだ。

僕は中学生や高校生のころ、英語が好きだから、文学部で英語の先生になりたいと思っていたけれど、

今では、「世の中に大きなインパクトの与える仕事がしたい」と思うようになった。

それは大きなインパクトを与える研究をしている人と接することでそのゴールまでの道のりを具現化していっただけだ。

したいことがわからないとか、目標がないといった人は少しでも興味を持ったことがあるなら、それは多少周りからどう思われようとも自分基準で行動してみればいい。

一番大事なのは、「その判断は正しいのか?」は考えないこと。
後で振り返ったときにいつも思うのは、「あの時の判断は100%は正しくなかったけど、踏み出してよかった」と気が付くのだから。